エグゼクティブプロデューサー横澤威留が取材を受けました

取材先で出会う人、地域の文化、日常の風景に影響されながら、これからつくられていく地域移住の入り口をひらいていくWEBメディア「雛形」にて、弊社が手がけるTOKYOガストロノミーツーリズムおよび弊社エグゼクティブプロデューサー横澤威留が取材掲載されました。

「ない」ことで生まれた食文化。"ガストロノミー"から見る、東京都・新島の暮らし|「雛形」移住のニュー・スタンダード!

 「ない」ことで生まれた島の食文化 調布から飛行機でわずか35分ほどで辿り着く、新島。白砂のビーチが続く羽伏浦海岸や、青い海でサーフィンを楽しむ人たち、緑の濃い切り立った山々、そして島特有のゆるやかな時間の流れに身を置くと、ついさっきまでいた東京の喧騒が信じられなくなってしまいます。しかしながら、ここもれっきとした東京。のどかな風景のなかを走る品川ナンバーの車が、ふとそのことを思い出させてくれます。 新島をはじめとする伊豆諸島では、島ならではの文化が育まれてきました。伊豆諸島の伝統的な食べ物として真っ先に思い浮かべるのは、くさや。強烈なにおいがするため、好き嫌いが分かれますが、くさやはまさに島で生きる知恵が詰まった食べ物で、新島はその発祥とされているのです。 海に囲まれた新島では塩の生産が盛んに行われてきましたが、年貢として江戸幕府に納めていたため、島の人にはとても貴重なものでした。 魚を保存する際もそのまま塩を振りかけるのではなく、開いた魚を塩水に浸して干し、貴重な塩水は捨てずに減ったぶんだけ水を継ぎ足して使ってきました。それがうま味の凝縮されたくさや液の原型で、各家庭でくさやを手作りしていた時代は、くさや液が嫁入り道具のひとつとされていました。島内に数軒あるくさや製造業者にとって、くさや液は最も大事な財産。古いものだと300年以上の長きにわたって代々受け継がれているのです。 くさやは、ないものを工夫して補ったりアレンジすることで生まれた食文化であり、海で閉ざされているからこそ、より純粋な形で守られてきたといえます。魚だけでなく野菜もしかりで、明日葉や島らっきょう、島とうがらしなど固有のものが多く、その中でも新島の暮らしに欠かせないのが「あめりか芋」という通称で親しまれている「七福」というサツマイモです。 あめりか芋なしでは語れない、 新島の暮らし 「僕らの親世代は、浜で鍋に海水とあめりか芋を入れて焚き火にかけておき、海で泳いでお腹が空いたら柔らかくゆで上がった芋を食べていたそうです。僕もやってみたのですが、煮汁が濁って見た目はあまりよくないけど、ほどよく塩味がついておいしかったですよ」と話すのは、新島であめりか芋の栽培をしている大沼剛さん。

「雛形」移住のニュー・スタンダード!

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