価値創造事業

カイロス3号機打上げ前に知っておきたい3つのこと

   

2026年3月1日11時00分、和歌山県串本町にある「スペースポート紀伊」。
本州最南端のこの地から、日本の民間宇宙開発の未来を懸けた挑戦が始まろうとしています。

民間小型ロケット「カイロス(KAIROS)」3号機。
ギリシャ語で「時」や「機会」を意味するこのロケットは、まさに日本の宇宙ビジネスにとって「決定的な瞬間」を運ぼうとしています。今回は、打上げを見守る前にぜひ知っておいてほしい3つのことを解説していきます。

     

① ロケットの役割とカイロス3号機のミッション

 
カイロス3号機と搭載される衛星の写真(マイクロ衛生1機、3Uキューブサット4機の構成)
   

まず、この「カイロス」というロケットが、これまでのH3ロケットやイプシロンと何が違うのか、という点からお話ししましょう。一言で言えば、カイロスが目指しているのは「宇宙の宅配便」です。

従来のロケットは、いわば「大型トラック」でした。大きな衛星を、国が主導して時間をかけて慎重に運ぶ。対してカイロスは、もっと身近で、もっとスピーディーな「軽トラ」や「バイク便」のような存在を目指しています。スペースワン社が掲げるビジネスモデルは「世界最短・最高頻度」。契約から打上げまでを1年以内に行い、将来的には年間20~30回という驚異的なペースで宇宙へ荷物を届けることを目標としています。

今回の3号機には、理系マインドをくすぐる計5機の超小型衛星が搭載されています。 例えば、アークエッジ・スペース社の「AETS-1」や、Space Cubics社の「SC-Sat1a」。これらは超小型でありながら、高度な観測や技術実証を目的としています。特に注目したいのは、広尾学園の中高生たちが手掛けた衛星「HErO」です。LEDによる光通信で基板の温度情報を送るという、教育の枠を超えた真剣なミッションに挑んでいます。

3号機の技術的な最重要課題は「ステップ7:衛星の軌道投入」の完遂です。過去2回、カイロスはあと一歩のところでこの壁に阻まれてきました。複数の衛星をそれぞれ適切なタイミングで切り離し、正確な軌道へ送り届ける「クラスター打上げ」の成功は、カイロスが商用ロケットとして独り立ちするための「卒業試験」とも言えるのです。

     

② カイロス3号機への応援

 
カイロスロケット3号機応援セレモニー
   

宇宙開発と聞くと、どこか遠い場所で行われている「国家事業」のようなイメージを持つかもしれません。しかし、カイロスのプロジェクトが素晴らしいのは、それが串本町や那智勝浦町といった「地元の物語」として深く根付いている点です。

今回の3号機、実は「物理的な燃料」以外にも、ある強力なエネルギーを積んで飛び立ちます。それが「人々の想い」です。機体には、和歌山県民から寄せられた1,841通もの応援メッセージが、特殊なデカール(シール)に刻印されて貼り付けられています。その文字数は29,924文字。技術者たちが1ミリの狂いも許さない設計図を引く傍らで、地元の子供たちが「がんばれ!」と書いたメッセージがロケットの一部になる。このコントラストこそが、民間宇宙開発の醍醐味ではないでしょうか。

さらに、応援の形は多岐にわたります。地元の紀陽銀行では「カイロス応援定期預金」という、預金総額の一部が打上げ支援に充てられるユニークな金融商品が登場しました。クラウドファンディングでは、8000万円以寄せられまいた。

地域の海岸を清掃し、のぼりを立て、パブリックビューイングで一喜一憂する。かつて種子島で見たような光景が、今、本州の最南端で、より親しみやすい形で再現されています。「自分たちの町のロケットが、宇宙へ行く」。このシビックプライド(市民の誇り)の醸成こそが、カイロスが地域にもたらす最大の経済効果であり、精神的な推進力になっているのです。

     

③ カイロス3号機ミッションサクセスまでの道のり

 
カイロス3号機シーケンス
   

カイロスにとって、これまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。初号機は打上げ直後の自爆、そして2024年12月の2号機は、宇宙空間とされる高度110.7kmに到達しながらも、最終的な軌道投入には至りませんでした。

2号機の失敗原因は、1段ノズルのセンサー異常による飛行経路のズレでした。ロケットは秒速数キロという猛烈な速度で飛行するため、わずかなセンサーの誤作動が命取りになります。しかし、失敗は無駄ではありませんでした。スペースワン社は「飛ばさないと分からない貴重なデータを得た」と語っています。極限の振動、熱、真空環境下で、機体がどう振る舞ったのか。そのデータこそが、3号機に向けた最高の教科書となったのです。

スタートアップ企業が新しい技術を世に出す際、必ず直面するのが「死の谷(デスバレー)」です。研究開発から商業化へ移る際の、最も困難な時期を指します。カイロス3号機は、まさにこの谷を飛び越えようとしています。

2026年3月1日。この日に予定されている打上げは、単なる「リベンジ」ではありません。過去の失敗から学び、センサーの改良を施し、運用の精度を高めた、いわば「進化したカイロス」のデモンストレーションです。失敗を資産に変えることができる組織こそが、真の技術力を持ち得ます。3号機が高度500kmの太陽同期軌道へ衛星を解き放った瞬間、日本の民間宇宙開発は、ようやく「本物のビジネス」へと昇華するのです。

     

宇宙は、もはや「選ばれたエリート」だけの場所ではありません。串本町の商店街でお土産を選んでいるあなたや、スマホでこの記事を読んでいるあなたのすぐ隣に、宇宙への入り口が開いています。

3月1日、11時。 皆さんも、それぞれの場所から南の空を見上げてみませんか?
そこには、日本の技術と、1,841人の想いと、そして何より「あきらめない心」が詰まった、一筋の光が昇っていくはずです。
がんばれ、カイロス3号機。 私たちの夢を乗せて、時(カイロス)を刻め!

 
新津 研一

新津 研一

代表取締役社長 家電量販店で買いもしないのに、最新性能を見てフムフムするのが趣味。 セミナー登壇でご同席した夏井いつきさんに感化されて俳句をはじめようか…躊躇中。

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