地域振興事業

スペシャルインタビュー:田川 博己様(第1回)

第2回:観光再開にむけて。これからが絶好の機会
第3回:付加価値ではない。見磨き上げる商材こそ価値そのもの

田川博己(たがわ・ひろみ)

一般社団法人ジャパンショッピングツーリズム協会(JSTO) 会長
株式会社JTB 相談役

1971年株式会社日本交通公社(現株式会社JTB)入社。川崎支店長、米国法人副社長などを経て、2000年取締役営業企画部長就任。その後、常務取締役東日本営業本部長、専務取締役旅行事業本部長を歴任し、2008年代表取締役社長、2014年代表取締役会長、2020年取締役相談役。現在に至る。一般社団法人ジャパンショッピングツーリズム協会(JSTO)会長も務め、旅行業界の発展や地位向上、ショッピングツーリズムの重要性を提起するなど、観光振興発展の一翼を担っている。

新津:本日は、私が尊敬する田川博己さんにご登場いただきました。今年10周年を迎えた当社は、新たなコーポレートアイデンティティと事業領域を掲げました。それが、サステナビリティ事業、地域振興事業、価値創造事業の3つなのですが、田川さんから教えていただいたことをそのままビジョンにしたようなきらいもあるんですけれどもね。

田川:まずは、10周年おめでとうございます。価値は受け手が感じることであって、提供する側は感じちゃいけないんだということだと思います。JTBグループの経営方針に掲げている「実感価値(お客様が感じ、評価するもの)」みたいなね。
以前にプロ野球で完全試合を達成した佐々木朗希投手はもちろんすごいけど、本当にすごいのは18歳で新人の松川虎生捕手の方だと思うんだよね。佐々木投手のあのボールを、18歳新人捕手がコントロールして完全試合をするというのは相当だよ。彼の方が真のMVPだと思うよ。そういう意味では、価値の考え方を、ピッチャーとキャッチャーの両方で価値創造をしていくというのが最終的には良いことだと思うよね。

新津:そうですね。今のお話を伺うとビジョンのところをちょっと書き換えないといけないな…(笑)ロゴマークも大人の落ち着いた感じに変えました。

田川:なるほどね。Unique & Inclusionっていうキャッチコピーは?

新津:ダイバーシティ&インクルージョンって、よく言うんですけど、USPジャパンの「U」が元々Uniqueの「U」を指していますので、そのまま使用することにしました。残る「S」と「P」はセールスポイントの意味です。つまりユニークなセールスポイントです。褒めて育てるみたいな感じですね。悪いところはあれども、褒めて育てるというような会社です。この10周年にあたってのインタビューは、この2つの位置づけで進めていきたいと思います。

田川:どこの会社も、これからはリアルとDXを使って、いかに表現できるかが多分勝負の分かれ目だと思うんだよね。テーマは正しいけど、その表現の仕方がリアルだけでもなく、DXだけでもなく。デジタルにダイバーシティ、そしてGX(グリーントランスフォーメーション)も考えていかなちゃいけないからね。サステナブルの中にみんなそれが入っているんだと思います。

新津:入ってるんですよね。

田川:今ジェンダー問題なんかもみんなSDGsの中に組み込まれちゃってるから。サステナビリティっていうのかな、単なる持続可能じゃなくて、複雑怪奇なことがさ、どこをどう取るかっていうね。

新津:そうですね。

田川:福井県越前市が、越前和紙を使って性の多様性を示すレインボーカラーの巨大な壁を作る番組を見てさ、その中に、LGBTの話があって、説明が全部書いてあるんだよね。そういう田舎でも取り組んでいることに感心したんだよね。

新津:そんなの考えられなかったですよね。

田川:高校生だよそれ。やるで言うと、高校生の方が早いかもしれないね。古澤先生がSDGsの話をずっとこの10年間してきたんだけど、やっと効果が現れてきたって感じはするよね。

新津:子供達も授業で受けるようになって、意識が全然違いますよね。

田川:例えばどういうことがSDGsなのか、1〜17番までの目標が具体的にはなにかということは自分たちの身の回りにもあるんだと思います。
脱炭素は64%は企業だけど、26%は個人の家庭から出ているし、そして、その26%を改善するのは自分たちだから。そうするとペットボトルやめようとか、ゴミ拾いをもう1回やろうとか、クリーンアップをやろうということになってきます。誰かが自前で全部やるなんて話はおしまいで、どうやって17項目をみんなで協同して、連携してやるかということだと思うけどね。

社会課題の解決こそ「旅」が果たす大きな役割

新津:今、お話をいただいたことも含めて、世界と日本が抱えている社会課題はますます大きくなっています。その中で旅が果たす役割も重要になってきていると思うんです。

田川:日本を変える社会で一番大きいのは人口減少なんですよね。我々が入社した71年の頃は、例えば京浜工業地帯があるように、ものづくりが盛んでした。今や工場移転で空洞化が進み、多くの産業都市は社会的に疲弊してしまいました。成長もしたけど、衰退もしたということです。
産業革命のあと、イギリスは金融と歴史そして観光に、そしてフランスは農業と歴史と観光というように、各国は国をあげてツーリズム産業の強化を打ち出してきたんです。日本は戦後70年ものづくりで成長したのに、ツーリズム産業に打ち出すのはずっと後でした。2003年の小泉政権下でビジット・ジャパンが提唱されて、2007年に観光立国推進基本法が施行、2008年に観光庁が設置されたというわけだから、日本でもようやく観光産業の体制が整ってきたのです。そのうち2年間近くは新型コロナによるパンデミックで空白だったので、実際には日本の観光産業はおよそ12年、干支が一回りしたぐらいしか過ぎてないんですよね。昭和20年から始まったものづくりでいうと、今は昭和32年ぐらいにしかなってない。そう考えるとすごく遅いなっていうイメージがあるよね(笑)。
旅の力は、交流や文化、健康、教育、そして経済の要素を持って対応していますが、今の地域経済の活性化には必要不可欠なものであって、「住んでよし、訪れてよし」の観光立国の基本理念は、まさに旅の力、大きく言えば Travel & Tourismのチカラを発展させることによって社会課題の解決を導くキーワードになると確信しています。

新津:日本はツーリズムを打ち出すのが、20年なり15年なり後ろ倒しになってしまったのは、何がいけなかったのでしょうか。

田川:2つあると思います。1つ目はバブルが弾けたあとに金融問題が起きたこと。2つ目はショッピングセンターが、たくさんできたけど崩壊し、商店街の崩壊も始まり、要はお金と売り場が崩壊して、その修正に10年という時間が費やされました。21世紀に入って頑張るぞと思ったら、9.11が起きてしまった。こういう戦争の時代、空白の時代を経て、それで遅れたと思うんですよね。本当だったらバブル弾けたあとにツーリズムが来るべきだったと思います。

旅の力は、今抱えている地域の課題を相当解決できると思います。SDGsの17項目の169のターゲット、232の指標、そのうち7〜8割は旅の力、ツーリズムの力で解決できる話もあると思います。だから色んな国はツーリズムを推進しています。それをやってきたのがフランスであり、ドイツであり、スペインでもあるのです。

新津:そういう意味だと、日本が抱える社会課題だけじゃなくて、ずっと大きくなり続けてきた世界中の社会課題を解決する力が必要ですね。

田川:日本ほどツーリズムの素材が豊かで、自然も人間も、それから安全安心も、農業もお酒も食も、こんなに豊かな国なのに、なぜ日本政府がツーリズムを基幹産業化しないのかが不思議でしょうがないと、私がWTTCのメンバーだった10何年前に言われたことがあります。
要するに実業の話と、政策の話が、混ざっているのがツーリズム産業の悪いところなのです。ところが金融や生産財はちゃんと政策論と実業論がハッキリ見えてるんですよ。ツーリズムだけが感性的消費財で、あんまり見えてない。株式会社和えるの矢島里佳さんとお話をいた時に、「文化は経済」だとおっしゃっていました。まさに文化を進めて文化財を強化すると、それは文化庁の仕事じゃなくて経産省の仕事じゃないかって思ったでしょ。矢島さんのお話は文化を向上させることが、経済を向上させることと一緒の意味を持っているような気がしました。経済で文化を語るような話にならないといけないと思います。旅の力は、交流、文化、健康、教育、経済と先ほど申し上げましたが、どうしても、経済には目がいかないように思います。最後は経済のところに辿り着かないといけないと思うんです。SDGsなんか全部経済で議論しないと感情的な話ばっかりになってしまいますからね。

第2回につづく

【実施時期】2022年6月15日

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